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国境なき医師団シリア活動

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  『シリア医療援助と政治の責任

              NHK 解説委員室 news commentators bureau 2013・6/28 より

国境なき医師団の村田慎二郎です。
私は昨年5月から今年6月までの1年間、国境なき医師団のシリアにおける活動責任者として、主に北部での医療人道援助に取り組んでまいりました。本日は、内戦下のシリアの医療人道援助のニーズと、政治と国際社会の責任について、お話したいと思います
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 2年以上続いているシリアの内戦では、これまでに10万人を超える死者が出ているという民間の人権団体の集計もありますが、国連の推計によると、少なくとも9万3000人の人々が殺害され、このうち6500人は子供たちでした。トルコやレバノン、ヨルダンなど国境を越えて隣国に避難せざるをえない難民の数は166万人以上にのぼり、国内で避難生活を余儀なくされている人の数は約425万人、そして約680万人の人たちが医療援助や食糧や水、そして毛布や石けん等の物資の援助を緊急に必要としており、その多くは女性や子供たちです

 シリアでは連日、各地で空爆やミサイル、砲撃などによる戦闘が続いています。
私はこれまでに国境なき医師団で、武力衝突の起きたスーダンやナイジェリア、混乱する戦後のイラクなどで活動してきたのですが、空爆やミサイルなどの音を直接聞いたり、衝撃を体で感じるのは初めてで、正直、何度か恐怖を感じました。ですから、活動の責任者として一人でも多くの命を救うための医療と、私達のスタッフや患者の安全を確保すること、この二つを両立させることには、非常に神経を使いました
   図図7   図図図7
  
 シリアの内戦では、医療品や薬を製造する国内の工場のほぼ全ては、攻撃にあい、生産停止を余儀なくされています。

 また多くの病院や医療従事者までが攻撃の対象となっているため、空爆や銃撃による負傷者はもちろん、文字通り医療体制の崩壊により、がんや糖尿病などのいわゆる慢性疾患の患者も、行き場を失っています
子どもたちへの予防接種も過去2年間行われていないことから、はしかや腸チフスなどの感染の拡大が確認されています。また、妊産婦への適切な産前・出産・産後のケアも絶対的に欠乏しています

 私たち国境なき医師団が運営するシリア国内の5つの病院では、現地のシリア人医療スタッフとともに懸命の医療人道援助活動を行なっており、今日までに2400件以上の外科手術、850件以上の出産、そして46,000件の一次医療を行なっております。

 また最近、シリアの北部では、”はしか”が発生し、約7千人の子供たちが感染したのですが、私たちは必要な治療薬の提供と集団予防接種を行い、約7万5千人の子供たちにワクチンを提供し、感染拡大の封じ込めに努めました

 そして隣国のトルコやレバノン、ヨルダン、イラクでは、シリアからの多くの難民に対し、 一次医療や形成外科手術、またこの内戦で家族や友人を失って傷ついた“心の健康”を取り戻すための医療人道援助を提供しております。

 膨大な医療ニーズに比べますと、“Drop in the ocean”、「大海の一滴」ではありますが、私達は最大限の努力をしております

 私が今でも鮮明に覚えているのは、今年1月中旬に私たちの病院からほんの数キロ離れた町の市場が、政府軍と思われる戦闘機からのミサイルで空爆され、120人以上の死傷者が出た日のことです。

 夕方起こった空爆の後、1時間ほどの間に私達の病院には、25人もの負傷者が何台もの救急車で次々と運ばれて来て、現場は一時騒然としました。その同じ日の静かな夜、同じ病院で6人の赤ちゃん、新しい命が生まれました
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 疲れ果てていた私に、現地のシリア人の医療スタッフたちが「私たちのやっていることは間違いじゃない。この病院は本当に必要とされているよ。」と言いました。彼らもまた、親や兄弟、親戚や友人を内戦で失くした人ばかりなのですが、医療という仕事に対する彼らの真摯な態度には何度も勇気づけられました。彼らは私の誇りでした。
    図図図図図図7

 先日、一年間の仕事を経まして日本に帰ってきたのですが、このような紛争・内戦下のところから帰って来ると、日本というのは平和だなぁと、いつも本当に思います。あまりにも状況が違いすぎるため、まるで違う星や異次元の世界で起こっていることのようですが、これは全て、飛行機に乗れば二日足らずで着ける距離の国で起こっている現実です

 一向に解決に向かう気配のないシリアの問題ですが、冒頭でご紹介した、女性や子供を含む死傷者、難民、国内避難民の数は、これからも増え続けていくのでしょうか。そして医薬品の不足により死が目前に迫ってきている慢性疾患の患者の数は相当数にのぼると思われますが、その数もやはり、増え続けるのでしょうか。またそういった絶対的な弱者に医療を提供する、病院や医療従事者は、今後も攻撃の対象になり続けるのでしょうか

 人道援助というのは、尋常ではない空間に、少しでも尋常な空間をつくろうとする試みです。それは、政治の失敗に対する市民の応えなのです。人道主義には、国境はありません

 内戦下の援助活動には、安全面での問題や、「独立・中立・公平性」をどう保つかなどの問題が常につきまとい、決して容易ではありませんが、本日お話した国境なき医師団の例のように、それは可能です

 先日、イギリスの北アイルランドで行なわれたG8サミットの主な議題の一つは、シリアの問題でした。悪化する一方のシリア情勢に対し、アメリカやロシアなどの大国がどう政治的解決を探るか、注目されましたが、結果として反体制派を支援するアメリカやヨーロッパの国々と、アサド政権を支持するロシアとの対立軸が改めて浮き彫りになっただけで、具体的な解決策は、またしても先送りにされてしまいました

 政治は、人道主義の存在を保証する責任を自覚しなければいけないのではないでしょうか

 そして国際社会は、シリアにおける全ての紛争当事者に、一般市民や医療人道援助活動の安全を確保することを義務付ける方法を、探らなければいけないと、私は考えます
ありがとうございました。
                                         」

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