不発弾の影響
『難民帰還で最悪の被害』
国連地雷対策サービス部(UNMAS)のアニエス・マカイユ部長は、
「難民たちが自国に戻った後に、地雷や不発弾による過去にない規模の被害が起きかねない。」
と、警告した。
シリアでは2年以上にわたり市街地で戦闘を繰り広げ、病院や学校も標的となっている。
深刻な不発弾被害が問題になっているクラスター爆弾の使用も報告されている。
マカイユ氏は、「武器の扱いに不慣れな勢力も入り乱れる戦闘では、不発弾の割合が高まる」と指摘した。
UNMASは1月から、現地スタッフに地雷や不発弾の除去訓練を始めたという。
※クラスター爆弾
容器となる大型の弾体の中に複数の子弾を搭載した爆弾である。クラスター弾、集束爆弾(しゅうそくばくだん)とも呼ばれ、昔は親子爆弾とも呼ばれた。
ベトナム戦争では、ケースに野球ボール大の子爆弾を300個ほど内蔵し、その子爆弾ひとつの炸裂で600個ほどの金属球を飛散させる『ボール爆弾』が使用された。
この子爆弾は手榴弾や指向性の無い散弾地雷のように、炸裂周辺の人員や通常の車両など、非装甲標的に被害を与えるもので、加害面積は親弾の炸裂高度によって変化する。
※不発弾問題
対戦車用の成型炸薬弾型など、爆発に指向性があるものは、弾頭部が下を向くようパラシュートやリボンなどで落下姿勢を調整するが、これが対地落下速度を弱め、落下場所によっては信管に十分な衝撃が加わらなかったり、リボンやパラシュートが木や建物に引っ掛かって不発となる場合がある。
クラスター爆弾の使用者側からすると、この不発弾の多さはむしろ長所となる場合もありうる。
敵軍の軍事拠点にクラスター爆弾を投下すれば、不発弾によって、その拠点の機能回復を大幅に遅らせることができるからである。
しかしながら、戦闘終結後に不発弾に接触した非戦闘員が被害を受けることがありうるわけで、非人道的とされることもある。
※戦闘後の被害
国際連合のレバノン南部地雷活動調整センターは、2006年8月までにレバノンで使用された旧式のクラスター爆弾で、子爆弾の4割が不発のまま残ったとしている。
この戦闘では、不発弾が市街地などに散乱しており、全ての撤去には1年以上かかるとされている。
残留した不発弾が戦後復興に影響する場合もあり、レバノンでは、戦闘中に避難していた市民が乗用車で戻ってきたところ、その車列で爆発が発生、驚いた市民らが車から降りて更に爆発が発生し、30分で市民15人が死傷したケースもある。
中には木に引っ掛かった状態の子爆弾もあり、果樹園で取り入れを手伝っていた子供の死亡事例が多いと報じている。同年8月14日から10月22日までの間に、20名が死亡、120名が負傷したとしている。
※不発弾の性質
クラスター爆弾の不発弾を「意図的に不発になるよう仕組まれており、復旧作業の妨害を狙っている」、「民間人(子供)の興味を引く玩具のような形状と色にして、拾うように仕向けている」、「地雷禁止条約の抜け道として、不発弾を地雷代わりにしている」とする批判がある。
しかし滑走路などの軍事目標に対して復旧を遅らせる目的で、爆撃終了後に爆発するよう時限信管を設定したり、あるいはクラスター爆弾でも子弾として地雷を混在させて使用することもあるが、不発弾は発生が偶発的で分布などをコントロール出来ないので「意図的な不発」や「子供を狙って」いるわけではない。玩具のようとされる形状は空気抵抗で落下姿勢などを調整するためのもので、明るい黄色などの鮮明な色に塗装されているのは、目に付く色で不発弾の存在を強調して触らないよう注意を促し、戦闘終了後の発見回収を容易とするためのものである。