シリアの徴兵制度
『another voice』
「
シリアが、軍事国家であるというが治安を良くしている。
圧倒的な警察権力、武力行使によって犯罪者を取り締まっている。
その上犯罪に対する刑罰が重い。
裏を返せば「自由」という単語とは縁のない国なのである。
不穏な動きをする者がいないか常に監視している。
四方を海に囲まれ、国境を持たない日本人は他国からの侵略ということにどうも疎いが、たとえば、お隣の植木が茂りすぎて日陰になるとか、塀を乗り越えて枝が茂っていて、その枝から木の葉が落ちて自分の庭が汚くなったりするとする。
そういうことに無頓着であればいいが、日陰になる部分が唯一洗濯物が干せる場所だったり、庭を見るのがなによりの楽しみとして、庭師を入れて整備しているくらいこだわりをもっていたりするとお隣に対して苦情のひとつも言いたくなってくる。
我慢していられるうちはいいが、だんだん我慢がきかなくなってくることもある。
お隣はお隣で娘が生まれた記念にと植えた木で、嫁に行った娘と木とを重ねて日がな思いにふけっていたとする。
そうなると自分の都合ばかりを考えてしまいがちで、お隣との間に緊張感も生まれる。
中近東などで紛争が絶えないのは、こういう事が国家レベルでおこっているからである。
シリアには徴兵制があり、男子は兵役を義務付けられている。
兵役を免れることが出来るのは、後継ぎの男子が家庭に一人しかいない場合である。多額のお金を払えば、免れることができる。
兵役に服している人を「アスカリ」といい、警察は「ショルタ」秘密警察は「ムハバラート」という。
シリアの街中には警察官、軍人、秘密警察官と、監視の目がいたるところに光っている。
通常どこの国でも首都というのは治安が悪いものだが、シリアでは首都ダマスカスが一番治安がよい。
石を投げれば秘密警察にあたるといわれるくらい秘密警察はごろごろしているし、街のあちこちでアスカリが小銃を携えて警備しているし、警察官もうろうろしている。おまけにコネ、カネ、密告という裏の顔もある。
江戸時代の隣組制度も真っ青で、うわさになるのも速いし、ひとたび悪いうわさが立つと、一族の社会的な存続さえ危なくなるようだ。連帯責任が重い分、家族の絆はかたい。
外国人の監視は特に厳しいようだ。
これはスパイ活動を阻止するためである。
四方を他国に囲まれ、特にイスラエルとは緊張状態にあるシリアにとって、スパイほど恐ろしいものはないのである。国家の存亡がかかっているからだ。
長期滞在の外国人には、どこにいくにも秘密警察がマークしているらしい。
秘密警察といっても日本の私服警官とは違い、職業を他にもっている普通の人だから誰が秘密警察なのかは見当がつかないが、いるのは事実である。
ただ、気をつけなければならないのはシリアには言論の自由というものはない。
大統領の悪口や政治批判でもしようものなら即刻、拉致、監禁される。
悪口言うべからず、批判するべからず、といったとこで、「イスラエル」という単語さえタブーだった。
イスラエルの建国を未だに認めていないシリア人も大勢いるのである。
シリア人の多くは、日本の正確な位置を知らない。
ひどい人になると日本は中国の一部だと思っている人もいる。
まぁ、日本人だってシリアの正確な位置を知らない人が多いのだからおあいこなのだが。
ある時、何の話からだったか忘れたが、日本は何処だと聞かれて地図を見せた。
日本の位置を示した後、シリアの位置の話になった時、シリア人の視線が止まった。
私の持っていた地図のイスラエルという文字に反応したようだ。
私の手から地図をもぎ取るやいなや、イスラエルという文字をぐちゃぐちゃと消し、勝手にパレスチナと書き換えてしまった。
「ここはパレスチナの土地でイスラエルなんかじゃない」と延々一時間くらい訴え続けたのである。
シリアで暮らす心得として、政治に対してや中東問題について決して触れてはいけないといわれていたが、イスラエルを指示するような行動をとると、本当に命がなくなるかも知れないと思った。
軍に関係ない一般市民でさえ、激しい感情をあらわにするのだから。
危険を避けるには、現地の状況を把握し、無益な争いは極力避ける。
これは私がシリアで学んだことのひとつだろう。
」
富山だより 2008 より